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美学者 稲賀繁美先生に推薦文を書いて頂きました!

推薦の言葉

石川九楊は『中国書史』をはじめとする著書で、「筆触」の根源に「筆蝕」を仮定した。紙本毛筆の時代以前に、金石に鑿(のみ)や鏨(たがね)で字を刻む段階を想定した仮説だった。だが本書で松宮貴之は抜本的な再考を提案する。殷代甲骨文字研究の発展に照らし、許慎の『説文解字』の背景を探り、王羲之の神格化に至る経緯を検討した結果である。糸を撚り、縄を結う営みに文字の起源を想定し、竹簡や木簡への筆記を前提とすれば、結縄に書契の源が見えてくる。篆書や隷書の確立の裏には、刑罰執行に関する墨子の言説が浮上する。墨は入れ墨であり、煤は骨灰に由来する。石碑が行政上の要請なら、石刻は工人の手に委ねられた筈。官僚社会の確立による楷書の汎用とは裏腹に、行書が文人の私情表出の手段として復権し、王羲之の書の評価が定まる。翻って倭国・日本の書は、ひらがなの定着とともに、連綿と散らし書きへと逸脱し、和歌の世界が漢字文明を解体する。注連縄の結界、蛇信仰由来の依代(よりしろ)としての短冊の上に、「文字」ならぬ言の葉が、水茎となって滴り落ちる。畢竟、書は触知により飛翔する「龍」。楚の長沙筆の検討や漢籍・和歌に跨る幾多の文献踏査から、伏羲女媧に遡る「結縄」としての「書」の帰趨展開が問われることとなる。

稲賀繁美(美学者、国際日本文化研究センターおよび総合研究大学院大学・名誉教授)

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