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松宮貴之 墨子作品系列 ステートメント公開

松宮貴之 墨子系列作品 ステートメント

中国の歴史学者でもある郭沫若は、孔子(儒教)に奴隷制の解放を認めています。

しかし、私はそれととともに、墨子の思想にも、その解放を認めます。

例えば墨子は、尚賢上篇で、当時の身分制を批判し、農業・工業、貴賤を問わず、賢者の登用を宣言しています。
ここにも、墨子の奴隷解放思想を認めることができます。

つまり、東方の自由な芸術思想の淵源を、ここにを確信することができるのです。

中国古代の当時、労働者とほ、元は神の罪人であり、処罰としての労役者でもありました。

そしてそこには、聖と俗、鬼神、神への奉仕、その「信仰」と「罪」の二元性が、根底にはあるのです。

墨子の明鬼篇には、罪を犯すと、必ず天罰があると考えられている。

もし大胆に、この仮説を支持するならば、罰としての殉葬があって、刑に服従する労働があったことを考慮することができます。そして、その労働とは、現実的に死(死刑)を回避できた者が、労働するという緊張と感動があったはずです。(古代の奴隷制からの解放)

荘子においては、「厳格過ぎる」と言われる墨子の「刻苦奮闘」の理念の源泉を辿れば、例えば、始皇帝に対して、罪を犯し、雲陽の牢獄で労役し、「隷書」を発案して許された程邈などが、恰好の例証です。

罪人・程邈が、大篆及や小篆の形を増減し、民衆に資するものとして隷書を発案した。ゆえに、徒隷の使用した字体なので、「隷書」と呼ばれられたのです。

つまり、絶対的権力者や神、王への辠、咎に対して、罪の補償として、奴隷が作った世界があり、そしてそこには、真の主体性の有無の問題が、隠されています。

つまり、墨子の思想の根底にも、鬼神、天への奉仕と、罰としての労役、そして文字、書の世界がある。これは鬼神との「類感呪術」で成立しています。

歴史の真実が何かを尋ね、考察すると、その中国文化の一大潮流として、身分の低い階級の人々の闘争と、自我を放棄した「奴隷としての償いの精神」がありました。

及び、その「償い」という思想が、中国古代政治史の垂直的精神の支柱となっている。

これらの理念に基づいて、墨子の鬼神信仰と文字の世界、あらゆる個々の場面を、書法として描き、これらに色彩とデザインを加味して表現しました。

また、墨子の博愛、平和の思想、身分制の解放は、鬼神信仰から天への、社会への奉仕という文脈で捉えれば、共産主義の起源であるとも言うことができます。

そして、墨子の世界の寓話や、先王伝説は、災害に対する、人々の営みと社会システムとして、現在にも息づいている。

私の作品はそれらの寓話を歴史絵巻として、一つの表象芸術として定位したものです。

換言すると、それは、書法を基礎に、あらゆる歴史場面を描写した、そういう世界、芸術なのです。

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